AIJによる年金消失問題~投資者擁護論はいつも正しいのか?~

コンプライアンス・アドバイザー  岡本展幸(おかもと ひろゆき)

溺れる子犬を見てそれに石を投げるべきではないが、投資の世界では子犬だろうが成犬であろうが、一端、証券市場に参加したからには共通に従わなければならない掟(ルール)がある。それは証券投資における大前提である「自己責任原則」である。

 証券投資における「自己責任原則」の下では、投資者は自己の判断で証券投資の判断をし、その自己判断の結果については、自ら責任を負わなければならない。

 AIJ投資顧問株式会社(以下、AIJ)による年金消失問題に関しては、損失を被る年金運用の委託企業やそれら年金の加入者側に対する投資者としての自己責任を問わずに、AIJの責任や投資顧問会社に対する免許制を登録制に規制緩和した当局の責任だけを執拗に問うているだけでは、本質的な問題点を見失う。

 確かにこれだけ大がかりな損失隠蔽を長年続けてきたAIJに対しては、公正、公平な法的立場から厳格に処罰されるべきことは言うまでもない。見失ってはいけない視点は、投資者サイド(年金運用を委託した側)とそれに係る関係者に対する責任の所在である。

 まず、厚生年金基金の年金運用担当者の責任である。当運用担当者は投資の素人だろうとプロだろうと、運用・管理委託者としての善管注意義務や忠実義務が企業や加入者に対してあるはずである。この視点も我々は認識する必要がある。
 
 これらの運用担当者は、AIJに年金を(一任)委託する時に、どれだけ善管注意義務を果たしているのだろうか?委託する先である投資顧問会社を選択する際の判断基準は存在していたのか?また、存在していた場合、その判断基準は遵守されたのか?その基準内容は適切なものであったのか?そういった点も気になる。

 さらに、投資顧問会社と投資顧問契約を締結した後には、年金運用担当者側は、委託先投資顧問会社の内部管理体制に対する定期的なチェックやモニタリングは実施していたのだろうか?

一方、厚生年金基金に加入している企業側(最終投資者)には、全く責任はないのだろうか?一方的に他人任せで、運用実態の危うさを考えてみる必要はなかったのだろうか?

 おそらく日本の一般(個人)投資者の多くの者は善良な市民であり、「人を見れば泥棒と思え」的な性悪説的な証券投資市場のルールには、違和感や抵抗感を感じることだろう。
しかし残念ながら投資の世界のルールは、性善説ではなく性悪説を前提に成り立っていると言っても過言ではない。そう言うことが間違いなら、性悪説を前提にして考えると分かりすい世界と表現しよう。日々の日常生活まで性悪説を持ち込むには、賛否両論あってしかるべきであろうが、投資の世界では性悪説的見地に立って、自ら自己の投資リスク管理をしていく必要がある。

 以上のような観点から考えて、今回のAIJによる年金消失問題は、企業年金の運用をAIJに委託した企業年金基金の運用担当者や基金の加入者にも責任が問われる側面があるという視点を看過してはならない。

 昨今の新聞による報道やテレビ解説者の論調は、どうもAIJだけを一人悪者として見做し、損失を被る厚生年金基金や企業側を一方的に弱者扱いして同情論ばかりが先行し、彼ら投資者としての責任を問うことはあまりなされていない。そればかりか、欧米先進国の資本主義社会においても、証券投資の前提として投資者に課せられている基本的ルールである「自己責任原則」に関してはほとんど議論もされずに、一方的な投資者擁護論に流されている感を否めない。

 その擁護論がさらに進めば、その行き先は規制緩和から規制強化への逆戻りであり、まさに、世界経済のグローバル化に反するものである。投資顧問会社に対する開示ルール内容を再検討するなどの必用性を否定するものではないが、必要以上に投資顧問会社に対する規制を再強化し、たとえば、登録制を免許制にもどすような策はとることは、時代錯誤と言わざるを得ない。

 それより重要なことは、投資者サイドに対しても謙虚な反省を促すとともに、今回の事件を教訓として投資リスクの本質やリスク・ヘッジ(リスク軽減策)などを学ぶ姿勢を喚起することである。

 日本の投資者もそろそろ、グローバル資本主義の立場に立って、場合によっては性悪説的な発想や考え方も、従来の日本人の良き性善説的なそれらと合わせて身につける時代に来ているのではないだろうか。今回のAIJ年金消失問題は、そのことを我々に示唆しているようだ。時代は我々が頭で認識している以上の速さで変化を続けている。

 近年、日本国内の多くの消費市場は縮小し続け、日本企業は規模の大小を問わず海外へとその活動拠点の軸足を移し、企業存続のためには海外に活路を見出さざる得ない状況である。また、海外からの企業や投資家、旅行者を今まで以上に国内へ招きいれ、日本の国内経済を活性化する必要にも迫られている。

 そのような時代の大変革期の中では、日本人の古き良き国民性である、相手を思いやり、相手の言うことは、法的契約書等がなくとも信用するという特質が、時として大きなリスクとなり得るという新時代の大きな潮流に我々は否応なしに飲み込まれつつあることを忘れてはなるまい。

 同じ日本人同士の間でも、とりわけ証券投資の世界には、そのような非日本的な発想や思想が根底にあり、それらを基にして証券投資市場は成り立ち動いているという側面がある。そのような世界に対峙し、そのような世界の中でも時として生きて行かざるを得ない時代の到来に対して、証券市場の参加者は覚醒すべき時を迎えているのである。(了)

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  • レイバン

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  • プラダ トート

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