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zoom RSS 日本人のコンプライアンス意識 (2)

<<   作成日時 : 2012/04/29 21:51   >>

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 コンプライアンス・アドバイザー 岡本展幸(おかもと ひろゆき)

 日本人の法観念に対しては、川島武宣の「伝統的に日本人には『権利』の観念が欠けている」(『日本人の法意識』1967年)とする言葉に代表されるように、従来、日本と西洋との国民性を対比してその違いから日本人の法観念を語るというのが川島含めた一群の法社会学者による通説であった。

しかし、法学者の大木雅夫はそのような日本人の法観念に対する通説に対して、異論を投げかけた。

 大木は、極東と西洋との比較を通じて日本人の法意識や法文化を歴史的に検証し、日本人の権利意識は脆弱とするなどのそれまでの説を以下のように否定したのである(『日本人の法観念―西洋的法観念との比較』1983年)。

 大木は、鎌倉時代の恩顧や奉公の道徳が過度に強調され、江戸時代の義理人情の美風があまりにも喧伝されて、日本の法文化を義務中心の法文化とはしていないのか、という疑問を投げかけている。

 また、日本人の法観念の形成過程を考える際に儒教を西洋におけるキリスト教と対比するのは誤りであり、不争の徳や万物斉同の節を唱える道家の思想や慈悲忍辱を説く仏教の精神など諸宗教との文化的雑種性を考慮すべきであるとも述べている。

 大木は従来の説で定説化しつつあった東洋の徳治主義に対する西洋の法治主義でさえ、その精神は日本においても鎌倉時代の「御成敗式目」にすでに現れていたとし、その制定を命じた北条泰時の書簡や事蹟、あるいは起請文に見られる思想的基礎は、法の支配の原理であったとしている。

 大木は、日本人は脆弱とされてきた権利意識に対しても、多くの訴訟記事が掲載されている鎌倉時代の『吾妻鏡』や江戸時代の農民一揆を例に挙げて、日本人の権利意識はむしろ高いくらいだと否定している。

 さらに、大木はホセ・ヨンパルトの「国民性は、人間と同じように固定化されたものではなく、歴史的にどんどん変化していくものと考えるべきである」(『にんげん研究ニッポン人』)との言説を引用して、日本人の権利意識が一般的に委縮したのは明治以降に求める方が真実に近いとすら思える、と述べている。

 その根拠として、かつて高かった民衆の権利意識が一層高まりを見せた時に、その対策として労働関係調停法、小作調停法、借地借家調停法といった各種の調停法が近代的司法制度に組み入れられ、それが効果的に民衆の権利主義を歪曲し委縮させたにすぎないのではないか、としている。

 そして大木は結論的に次のように述べている。
「史実の示すところによれば、政治的・経済的・社会的諸状況が日本の独特の法制度を生み出したのであり、それらの諸状況に対応すべき裁判組織の未成熟が日本法の発展や日本における法観念の形成に重大な影響力を及ぼしたように思われる。これらを無視して、儒教道徳や前近代的法意識に結び付けることは観念論的であり、日本法の真の姿を歪曲化する。」

 つまり、大木は(日本人の)法観念や法意識の形成に最も影響を与えているのは、いかに権利実現の装置、すなわち司法制度が組織化されているかという問題だと喝破した。ある調査結果をあげ、簡易な紛争解決手段が発達している国であれば、洋の東西を問わず権利意識の強弱には関係なしに人々は簡易な方法で同様の目的を遂げようとするものだ、と述べている。

 大木は、「民衆の低い法意識に対する嘆きは、民衆の側からではなく法律家側から発せられている。そして、『権利のための闘争』とは『典型的に法律家の考え方』である。それにもかかわらず法律家が法制度の現状に満足しているのであれば、法律家自身の責任を果たしていることにはならず、まさに法律家自身の法意識がまず問われなければならない。」と戒めている。

 日本人の法意識に関する論争はいまだ続いているようであるが、1978年8月の三重県鈴鹿市「隣人訴訟事件」をめぐる世間の反応は、日本人の特異な法意識の一面を確かに照射しているように思われる。

 この事件の概要はこうだ。母親が買い物に出かけて留守をしている間に幼児が近くのため池で水死した事故をめぐり、幼児を亡くした夫妻がため池を管理していた行政(国・県・市)、ため池の土砂を採取した建設業者、そして、幼児の両親が子供を預けた近所の夫婦を相手どって損害賠償請求の訴えを起こした。この訴えに対して津地方裁判所は、近所の夫婦についてのみ過失を認めて慰謝料などの支払いを命ずる判決を言い渡した。

 このような判決内容に対して、各新聞は、「無償の善意に賠償責任」、「親が留守中の幼女水死 預かった側にも責任」、「幼児のため池水死事故 好意で預かっても責任」、「無償の善意にも監督責任」というような見出しで、全国紙が大々的に報じた。中には「隣人の好意につらい裁き」という大きな見出しをつけたものもあった。

 このような事件報道に対して日本社会は次のような反応を起こしたのである。隣人を訴えた原告の夫妻のもとに全国から非難といやがらせの電話や手紙が殺到した。そのため、原告夫妻は社会的な非難に耐えかねて訴えを取り下げようとした。一方、被告側の夫妻は、当初、あくまで争う姿勢を見せていた。そのため、原告夫妻が訴えを取り下げようとしても、被告夫妻が控訴していたので取り下げることができなかった。

 引き続き、そのことが報道されると、今度は被告夫妻にもいやがらせの電話や手紙が届くようになり、被告夫妻も控訴の取り下げに同意せざるを得なくなった。

 こうした事態を受け、法務省は「裁判を受ける権利は、どのような事実関係であっても、国民の権利を保障するための有効かつ合理的な手段として近代諸国においてひとしく認められている最も重要な基本的人権の一つである。これが侵害されるに至ったことは人権擁護の観点から極めて遺憾である」旨、見解を発表した。(1983年4月8日)

 このような日本社会の反応を我々はどのように受け止め、理解したら良いのであろうか?やはり、日本人の意識の根底には、「法」という西洋から輸入したルールだけでは「線」の引けない「心理的領域」が存在するのではないだろうか?

 あえて飛躍的に結論めいたことを先に引いてしまえば、昨今の日本企業による不祥事は、「法」という西洋型ルールを意識的にも無意識的に重視しない日本人の法意識や倫理観が潜在的に起因しているのではないだろうか?そして、このことは大木の言うように、現行の司法制度が十分に現在の日本社会の実情に沿って組織化されていないことの証左にはなり得ないのだろか?

 もしも上述したような仮定が実証されるのであれば、司法制度を一般市民にとってより使い勝手のよい制度に改善する必要があるだろう。

 一方、オリンパスのような不祥事を結果的に引き起こすきっかけとなった日本人経営者の究極的決断の基準は、おそらく「法」を越えたところに設定されているのではないだろうか?決してトップ自らの利得の目的ではなく「会社のため」、延いては「従業員のため」といった純日本的な、あるいは非西洋的な「大義名分」があったはずだ。

 「法的」には確かに「黒」(犯罪)であろう。しかし、そのような日本人経営者は、究極的な経営判断の状況下においては、西洋型ルール(法)よりも、自らの倫理観と信念を優先するのかも知れない。

 もしもこのような日本人経営者の倫理観を是とするのであれば、そのような非西洋的な思想や価値観を現行の西洋型ルール(法)にも反映し合法化するように法改正をするしかないのだが、一方で、経営者側の経営判断にも時代に即していない旧態然としている側面があったことは否めないだろう。



(参考文献)
川島武宜『日本人の法意識』2008年
大木雅夫『日本人の法観念―西洋的法観念との比較』1983年
青木人志『「大岡裁き」の法意識―西洋法と日本人』2005年
中川剛『日本人の法感覚』1989年




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著者大木雅夫(著)出版社東京大学出版会発行年月1983年03月ISBN9784130330206ペー

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