AI時代とコンプライアンス

コンプライアンス・アドバイザー 岡本展幸

 私は、以前、所属していたある学会での研究発表論文の中に、次のような文章を挿入している。

 【日本国内において、「コンプライアンス」という言葉が、新聞、テレビなどのマスコミを通じ、一般社会で耳目を集めはじめたのは、1999年に金融監督庁(現在の金融庁)が、最初の検査マニュアルを公表し、銀行に対して、コンプライアンス検査を開始した頃である。それから15年以上の月日が発つものの、金融実務の世界では「コンプライアンス」という概念に対する明確な定義さえも統一化されていない。「コンプライアンス」を取り巻く「内部統制」、「内部管理体制」、「コーポレート・ガバナンス」といった用語だけが氾濫し、コンプライアンス実務に携わる者たちを混乱に引きずり込み翻弄している感すらある。現在、われわれが、当然のように耳にし、口にしている「コンプライアンス」の根源的背景に潜む欧米的な社会規範・倫理観・思想などに対して国内で十分に議論や検討がなされ、混乱なく日本でも採用できるようにとスムーズに橋渡しがなされたとは言い難い状況である。】

 その後も私は、我々日本人、日本にとっての「コンプライアンスの本質」について、実務を通して、また、研究活動を通して探求を続けているが、今現在も上記内容と同様な感慨を維持し続けている。

 コンプライアンスとは何か?この一見容易に思える問いに対する満足いく回答を、私は未だに得られないでいる。書店に並ぶ数多くのコンプライアンスと名の付く書籍を片っ端から購入し、目を通してみても、その多くは金融商品取引法や会社法等に対する法令解釈や欧米の文化や倫理観、宗教観に基づき確立されている米国を主体とした「コンプライアンス」概念を前提とした言説でしかない。

 「コンプライアンス」とは、決して「法令遵守」という安易な概念ではない。また、学問的にも「コンプライアンス学」等と一つの学問分野・領域が確立されているわけでもない。あえて学問的に捉えるならば、法学、経営学、会計学、経済学、倫理学が錯綜する学際的領域である。とりわけ、「コンプライアンス」を論ずる時に、中核となる日本の「法」の根底には、「西洋近代法」に基づく基本的概念や欧米人の考え方が通底していることは、明治時代の日本が不平等条約を改正する為に、急いて「近代西洋法」を取り入れ、今日に至っている歴史的背景をみれば明らかである。「西洋近代法」の概念や考え方が、とりわけヨーロッパ社会の仕組みや価値観を背景に「日本の法」に潜在しているのであれば、言語、宗教、道徳、政治、経済と同様に文化の一部分をなすとされている「法」の特質から、日本が「西洋近代法」を採択した時(明治時代)から時が経つにつれ、日本を含めた「東洋的な価値観・宗教観・道徳観」とは、明らかに差異が存在する「西洋的、欧米的なそれらが、いわば書かれざる前提として背後に存在する「日本の法」に対して、我々がある種の閉塞感や息苦しさや理解し難いもどかしさを感じても不思議ではない。

 一方、我々を取り巻くビジネス環境や社会環境は近年、急速な進化を遂げながら、AI(人口知能)が企業や生活でも広く利用されるようになり、我々の社会活動や経済活動を急速に変えつつある。同様にインターネットの普及は、我々の社会を高度情報化社会へと変貌させ、取引形態を「物の取引からサービスの取引へ」、取引の対象を「財物からデータへ」、取引ルールを「法/契約からコードへ」と変えつつある。
とりわけ、取引ルールを「法/契約からコードへ」と変える動きは、「法」に対する我々のイメージを大きく変えようとしている。米国の法学者ローレンス・レッシングは、1999年に主著『CODE』の中で、人間の行動や社会秩序を規制する要素を次のように4つの概念を使って整理・説明している。

  (分  類)        (内  容)
1 規範・慣習 (Norms):共同体或いはコミュニティ内の説得・制裁
2 法律(Law):刑事罰の制定
3 市場 (Market):価格に基づく経済合理的な判断
4 アーキテクチャー (Architecture) / コード (Code):物理的・技術的な環境

 レッシングは同著の中で、技術的な規格(コード)が、法律上で保証されているはずの権利とは無関係に、ルールを作ってしまっている (CODE is Law.) と指摘していた。当時はまだインターネットが一般に普及し始めていた時期でもあり、レッシングの関心は著作権に向けられていたが、取引ルールを「法/契約からコードへ」と代わるという現象は、AIが普及する時代にはますます拡散する可能性を秘めている。つまり、AIが普及した社会では、人間にできることとできないことが、技術的な仕組みによって決められていくのである。
 日本でもすでに同様な現象は起こっている。それは「コピーワンス」という、2000年代まで、DVDレコーダーに対してテレビ番組等のコンテンツの著作権を保護する目的で採用されていた技術規格である。同企画の下では、放送コンテンツの複製は一回しかできなかった。データをDVDに移すことはできたが、移動後にはハードディスク上のデータは消去されてしまう。これは、まさに「コードが法に代わる」現象であった。〔続く〕                                  


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